敢えてオフラインでいる時間

厳密にはtwitterクライアントを最小化して、見ないようにしてる時間、でもいいかな。
はっきり言って、依存性が強いからね。

敢えてネットから離れることで見えないことが見えてくることも多々あるし、得られる時間もあったりします。
あと、通勤時間で1つの電車に乗ってる時間が(ノートPCをひろげるには)中途半端な時間だったりするので、折角だからそういう時間をうまく使えないかな、と考えたのもありました。

実は年末年始、移動中にネットできない状況となってました(イーモバイル端末を貸していたため)。
きっと、「ネットできなくてだめだめじゃん」と思うでしょう。
まあ、そこは「敢えて、外出先ではネットから離れてみるのもいいかも」と考えてまして。
もし使いたければ自宅に帰るなり、無線LANスポットのあるところに行くなりすればいいんだし。
そういうことを考えてからは、「離れる時間の重要性」を再認識した気がします。

ネットから離れてる時間は何をしてるかというと、本を読んだり考え事をしてたり、・・・でしょうか。
本を読んだり、というのは、今年の目標にしています。
目標を決めて、読むようになったのは、考える材料の1つとして捉えてるから、です。
あと、アウトプットを(自分の中で)義務化することで、本気で考えるから。
アウトプットするためには、ちゃんとしたインプットがないとできませんからね。
いい加減なインプットでは、いい加減な(むしろ、的外れな)アウトプットしかできません。
そんなわけで、とにかく、いろいろと考えながら読んでいます。
注意点としては『受け身にならない』ことを心がけてること。
そして、『著者が何を考えているか』『著者の目には物事がどう映ってるのか』を把握することにウェイトを置いています。
そういう読み方が、私に合ってるんですよね。

ここで一点、断っておきます。
私自身、小学校から高校にかけて、読書が「大嫌い」でした。
読書感想文なんて、もはや生き地獄の領域。
そうなった背景にはおそらく、

  • 読書行為が手段じゃなくて目的として扱われていた点
  • 読書行為の神聖化

そういう側面があったからじゃないかなと。
少なくとも、私はそういうふうに感じてました。
なんというか、『本を読めばすばらしい人になれる!』とか、そういうノリにしか感じられませんでした。
私の視点から言えば、うさんくさいダイエット商品(の宣伝)と同じレベルの論理展開です。
そのダイエット商品でさえ『個人差があります』と注意書きを出してるのに、そういう注意書きさえないのです。
その宣伝を鵜呑みにして、強制するとなると、・・・これは最悪ですよね(苦笑)。
まあ、そういうことです。

なんだろ。
目的を達成する手段として、その手段が手段として確立されたのはいいが、その「本来の」目的を忘れて、達成する手段が「目的」となったら、それは本気でやばいと思います。

あと、1つ、断って起きます。
小学校〜高校まで、「求められてる読書スタイル」をしなかったことに対して、「これでよかった」と思ってます。
だから今の自分が存在してるわけで。
若いうちから本に触れておくといいよ、なんて、口が裂けても言えませんね。

ここまで書いて、あることに気づきました。
そう・・・根本的に大事なことは「鵜呑みにしないこと」。
まぁ、そんなことを教えてしまったら(教える側とかの保身的意味で)問題が出まくりですからねwwwwwwwwww

「なぜか求められてる読書スタイル」をdisることばかりかいてましたが、これは本題じゃないんで。
そんなわけで、本題に戻します。

私にtwitterとかこのサイトを見てて、とあることを感じてるかたも少なからずいるかなと思います。
その「とあること」とは、きっと「意外にアナログに依存してる」ってこと、かと思います。
iPhone使う気がおきないとか、普段の生活活動管理に手帳を使ってるとか、お仕事でB5ノートの消費が半端ないとか・・・。
いまのディジタル媒体が、まだアナログ媒体を置き換えられる物じゃない、という認識なんですよね。
でも、そういう部分は、今後確実にビジネスに繋がると思いますよ。

いろいろと考えさせられることが多かった年末年始だったので、そのことをたらたらと記事にしてみました。


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